2009.11.26

娘が病院で診察された日から今まではあんなにむきになってしていた「家庭学習」をさせる気にならない。いつもは夕食前の時間とか、忙しかった日は夜の8時になったらとか、嫌がる娘に是が非でも「勉強しようよ。」とさせてきた。あまりにもヒステリーがひどい時意外は、多少自家中毒で体が痒くなろうとも「勉強が終われば治るから大丈夫。」と言ってさせてきた。
医者の「かわいそうに。」という言葉が耳から離れない。私は可愛そうなことを強制してきたのだなあと思うと滅入る。
夜8時をちょっと過ぎると勉強はしたくないけどしなくてもいいの?という不安顔で「ママ、今日の勉強は?」と言いに来る。「今日も勉強休んじゃおうか!」と言うと「うん。」と、返事する。あのね、他の3年生の子は自分で一人で勉強してるんだよ。聞きになんて来ないんだよ。と心の中でちょっと思う。

今日はいつも通っている市の教育相談センターに電話をして、3学期から特別支援学級のある小学校に編入したい旨とこの間の診断結果を伝える。その手続きで金曜日は片道1時間かけてお出かけだ。編入することは、まだ娘には伝えていない。2学期が終わる間近になったら伝える予定だが話したらどんな顔をするのだろう。
2年生のころ、初めて「特別支援学級に移ろうか。転校することになるけど、あなたに合った勉強をちゃんと教えてくれるんだよ。」と説明した。「嫌だ。」と言って大泣きした顔を思い出す。あれから1年、特別支援学級で体験授業を受けたり、少しづつ言ってきてあるので、多少の覚悟は出来ているのかもしれない。
とにかく今はこの選択が最良であると信じて進む。


Posted at 01:46 | むすめ |
2009.11.21

 10月は新型インフルエンザの猛威で学級閉鎖になったり娘自身が罹患したりと長期休むことが多くて何かと気ぜわしく、私自身、喘息や他の持病も有り新型インフルエンザになったら「かなりヤバイ」と予防に必死だった。

 そんな10月が過ぎ11月。娘のカウンセリングがある月だ。1年ぶりに知能判定テストを行ったところ、以前の本人が望むなら『特別支援学級に編入』から『特別支援学級に編入すべき』という判定に変わる。3年生になって勉強がどんどん難しくなり、娘は娘で成長しているのだが、他の小3児とどんどん差が開いてきているようだ。
 カウンセラーの先生に「今まで本人自身を視ることが大事で医師による診断は必要ないのではないか。」と言われてきたが、医師による診断によるアプローチも必要な時に来ているのではないか、また、それを元に周りの人間への理解を促すことができるのではないかと、クリニックを紹介してもらい11月20日診察に訪れた。
 結果、娘は『広汎性発達障害』であり『知的障害』であると診断された。さらに二次的に『不安神経症』だという。確かに娘は神経質に私に何でも尋ね確認をとることが多い例えば「トイレに行っても良いか。」「歯を磨いて良いか」など、普通なら確認しなくてもいいことだ。学校などでは、先生やクラスメートの言っていることが一度では飲み込めず、どうして良いのか途方にくれている状態ではないのかと指摘された。
 本当に思い当たることばかりだ。このまま今の普通学級で勉強を続けることは「苦痛」以外の何者でもでもなく、早急に『特別支援学級』に編入することが望ましいとのこと。「そうしないと不安神経症が高じて『鬱』になってしまいますよ。」と。
 ショックが大きすぎて言葉が出てこない。でも、現実をしっかり受け止める覚悟は出来ている。

 仕事が休みだった夫に車で送り迎えしてもらったので、二人を先に帰し、予め連絡を入れておいた担任に会うために小学校に寄り、以上のことを説明した。途中、涙がこぼれて難儀したが担任も真剣に話を聞いてくれて、何が一番娘に良いのか考えながら行きたいと言ってくれた。

 娘のことを初めて姑に話したとき「育て方や親の愛情で子供はどうにでもなる。」と愛情不足をほのめかされた。「幼稚園の先生を2年務めた孫の○○は、親の愛情次第で大丈夫だよ。」娘のことを久しぶりに甥の結婚式の時に、ほんのわずかな時間しか接していないのに言ったらしい。「だから親次第なのよ。」と。今まで育ててきて、娘のことを一番近くで見たきた私の言葉を否定する。たかが2年間幼稚園の先生をしてきた孫の言葉はたやすく信じるのに。信じたいことを信じたがるのは、良くあることなのかもしれない。

 離婚を具体的に進めようと思っていたが、今は一番は娘のことだ。ある程度落ち着くまで棚上げだ。今日、このことを夫に縷々話したら深刻そうな顔はするが何一つ言ってくれなかった。娘に対する親としての気持ちも、私に対する言葉も何一つも、だ。
 夫が寝る間際に「どうしてあなたは何も言わないの?」と尋ねたら「可愛そうだと思うよ。」と言って寝室に入っていた。それだけ。


Posted at 02:55 | むすめ |
2009.10.31

ずっと何年も今の生活から抜け出すことを考えていた。それを行動に移さなかったのは自分の考えであり、選択だった。我慢することや耐えることが当たり前にまったなってしあ私は、気がつけば心も体も病んでしまった。夫との話し合いを重ね、ようやく離婚に同意してもらった。
具体的にはこれから。
「俺は嫌なことは忘れるようにしているから。」と言っていたけど、あなたの場合は『記憶の欠落』でしょ。色んなことが記憶からすっぽり抜ける。病気かと思って病院に行って脳をスキャンしてもらったことも有ったっけ。
脳には問題なかったけど、おそらくあなたはきっと学習障害を抱えた子供が大人になったのだなあと、同じく学習障害を持ったむすめの姿と重ねる。
大事なこともそうではないことも全部忘れてしまうんだなあ。
大事な場面でいつも自分で判断ができなくて、いつも私の顔色やお姑さんの顔色を伺う姿に反吐が出そう。

「離婚しても、娘の父親だということまで否定しないので会うのは一向に構わないし、むしろ会って欲しいくらいだから。」と言うと、この先札幌に住むかどうかもわからないのに「毎月でも会いに行く。」と嬉しそうに言う姿を見て「この人は本当に何にもわかってないのだな。」と思う。離婚するという具体的なイメージなんて1ミリもないのだろう。こんなに何にも出来ない人が一人になったらどうするのだろうと思う。でも案外とやっていけるかもしれないし、やっていけないかもしれない。
今、私が一番大事にすべきことは、娘と私のこと。


Posted at 00:31 | 日々 |
2009.10.29

先週の10月24日、甥の結婚式だった。
一ヶ月以上も前から姑がわたしと娘の着るものを気にして、とうとうフォーマルな洋服を買ってくれたのだ。むすめのは落ち着いた感じのピンクのワンピース、わたしにはシルバーな張りの布地のエレガントなスーツ。当日はむすめと二人、朝から美容室に予約を入れておいた。

結婚式場でにっこり笑いながら写真に納まった二人。
いつもと違うけど間違いなく私たち二人。
「こんな写真が有っても良いね。」とプリントされてきたスナップ写真を眺める。

何年もたってからむすめは『ママとこんな写真写したんだねぇ。』と必ず懐かしむのだ。

Posted at 00:35 | 日々 |
2009.10.28

今日、発作的にやっぱり自分のノートパソコンが欲しくなって買ってしまった。以前の東芝のダイナブックはすごく気に入っていたけど、修理に7万円もかかると言われてそのままほったらかし。新しいのはDELL。すごく安くてびっくりしたけどソフトが何にも入ってないのねぇ。まあ、良いけど。

先週の土曜日、甥の結婚式があって久々にものすごくわたし的にはお洒落したと思えた日、娘には姑が新しいフォーマルなワンピースを買ってくれて、娘とおすまし顔で写真を写した。

もうすぐきっと嵐のような人生の岐路の真ん中に立つ。大事なのは今より幸せになること。

Posted at 01:05 | 日々 |